つきよみ。

月に一度読書記録を書きます。

誰かの記憶の中で生きる~2月の読書記録

 すっかり春の陽気ですが、時間ができたので2月に読んだ本をまとめておきたいと思います。今月は新作よりも旧作に偏りました。

(☆は最大5つで、読み終えたその時の満足感の程度を表しています)

 

 

 

①『おそろし 三島屋変調百物語事始』宮部みゆき 角川文庫

 ☆☆☆☆

 宮部さんの江戸ものシリーズにとりかかりました。

 

宮部さんはすぐれたストーリーテラーであると同時に、人の黒い部分を描くのが上手な方だと認識しています。

 

本作の主題のひとつもそこにおかれています。

心に大きな傷を抱えた主人公の少女おちかが、人の心にまつわる様々な怪奇な物語を聞き取ることを通じて、そこに何らかの答えや考えを導き出していく連作短編集。

 

解説には、宮部さんのこんな一言が。

「考えてみれば誰の心にもこういう黒々とした邪悪なものは潜んでいて、本書はおちか自身のなかにもあるその真っ黒なものの正体を百話かけて見極める物語ともいえる」 

百話の連作短編──。ライフワークの一つになるのでしょう。

 

第一巻ということで、百話の序盤に過ぎませんが、連作が一つのラストにつながっていく心地よさと、単なるハッピーエンドではない、考えさせる余地を残して次につなげていく手際の良さが見事でした。

 

 

②『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』宮部みゆき 角川文庫

  ☆☆☆☆☆

 さっそく第二作です。

 

一話ごとにストーリーががらりと変わる変幻自在さもさることながら、登場する怪奇な存在がどれも魅力的です。

 

正体はここでは伏せておきますが、なかでも表題作の「暗獣(あんじゅう)」は格別。

 

なんて素敵で切ない物の怪を生み出したことか、この宮部みゆきという作家は。

気づけばこの物の怪を、好きになっている。

その存在の切なさに、涙さえ流してしまう。

 

百物語を通じて、人の心の黒い部分にも白い部分にも向き合っていくことになる少女・おちか。あなたにもこんな部分があるでしょうと語りかける、その矛先は百物語の登場人物だけでなく聞き手であるおちかに、そして読み手である私たち読者に向けられていくことになります。

 

次作も期待。

 

 

③『レプリカたちの夜』一條次郎 新潮文庫

 ☆☆☆☆

レプリカたちの夜 (新潮文庫)

レプリカたちの夜 (新潮文庫)

 

 第二回新潮ミステリー大賞受賞作。

 

伊坂幸太郎さんの「とにかくこの小説を世に出すべきだと思いました」という帯が印象的な本作。

 

読み終えた印象を率直に。

途方もなく頭をかき回された気分です。溶けてしまったアイスクリームかなにかみたいに

不思議なことが次々起こって、なんだこれは、と思う暇もなく物語は進行していく。 

なにがあってもおかしくはない世の中ですから。(p. 123) 

なんて一言が作中にありますが、まさにそんなミステリー(?)。読んでいるうちに、物語だとか自己だとか世界だとかいう枠組みが崩壊していくような、そして同時にまた別の何かが生成されていくような、そんな体験が快感といえないこともなく──。

 

読んだら忘れないと思います。いろんな意味で。

 

 

④『あなたのいない記憶』辻堂ゆめ 宝島社文庫

☆☆☆☆

あなたのいない記憶 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

あなたのいない記憶 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

 

 今追いかけているミステリー作家。

 

ミステリーにおいて、動機に深みを持たせることがどれほど重要か(作家にせよ読者にせよ、ミステリーにかかわる人にとっては当たり前のことかもしれませんが)。どれほど秀逸なトリックを思いついても、それを実行に移す動機に切実さがなくては、見かけ倒しの駄作になってしまいます。

 

辻堂さんの今作はその点、読者の予想をいい意味で裏切りながら、読ませる動機をしっかり作り上げている、素敵な作品でした。

 

記憶、というテーマからは、同じ月に読んだ『わたしたちが孤児だったころ』(カズオ・イシグロ)や、映画化で話題の『パラレルワールド・ラブストーリー』(東野圭吾)、映画では『エターナル・サンシャイン』などが思い浮かびます。読み進める中で何度も、誰かの記憶の中で生きるということがどのようなことか、という疑問が心に浮かんでは消え、浮かんでは消えました。これからもことあるごとに思い出すことになる疑問になりそうです。

 

心に残った台詞を一つ。 

世界で一番大切な人というがはね、ガラス細工ながよ。(p. 404) 

この言葉の意味はこれだけ読んで想像するよりも少し、深いです。

 

 

⑤『桶川ストーカー殺人事件──遺言』清水潔 新潮文庫

 ☆☆☆☆☆

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

 

 同じ著者の『殺人犯はそこにいる』(新潮文庫)を思い出しながら読みました。

 

伝えたい、伝えねば、と、突き動かされるように書いた文章の強さに心打たれます。伝える仕事にかかわる人だけでなく、その受け手である全ての人に読んでほしい本。

 

本書の最後にある、文庫化に寄せて、を本書にかかわるとある人が書いています。そこに、こうあります。 

本書には、人に与えられただけの垂れ流しの情報によってではなく、自らの研ぎ澄まされた直感と信念によって、真実を探り出そうと猛烈に突き進んだひとりの報道人の行動の結果が記されている。(p. 417) 

 これ以上の説明はいらないのかも、しれません。

 

 

⑥『3652 伊坂幸太郎エッセイ集』伊坂幸太郎 新潮社

☆☆☆☆ 

3652―伊坂幸太郎エッセイ集

3652―伊坂幸太郎エッセイ集

 

小学生以来ファンである伊坂さんのエッセイ集を今頃になって読了。

 

一読して、ああ、律儀な人なんだなあ、と思います。それでもって、どこを読んでも、やっぱり伊坂さんなんだなあ、と。

 

心に残った部分がいくつか。

伊坂さんが『砂漠』(新潮文庫)で描いたような、大学時代について一言。 

社会に出てもいないくせに訳知り顔で、根拠もないのに、「自分には何かができるんじゃないか」と思っているような、そういう大学時代(p. 133)

『ぼくが愛したゴウスト』(打海文三、中公文庫)の解説からこんな言葉も。 

そもそも、抽象的なものであるはずの、「感動」というものを論理的に分析することが僕は苦手なのだ。だから今、書いているこの文章は、解説というよりはお祈りに近いのだと思う。「この本を、僕と同じように気に入る人がいますように」というお祈りだ。(p. 199) 

やはりいつかお会いしたい作家さんです。

 

 

⑦『わたしたちが孤児だったころカズオ・イシグロ 入江真佐子訳 早川書房

 ☆☆☆☆☆

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

 

 カズオ・イシグロさんの作品を読むのは4作品目になります。

 

今まで読んだ作品もそうですが、施設で育つ子供たちであったり、由緒正しい執事であったり、ドラゴンの時代の老夫婦であったり、世界を股にかける探偵であったり、そんな人間も状況もまるで違う、小説世界であるのに、どこか自分の人生、あるいは人間一般の人生に通じているような出来事や言葉の存在に気づいて、はっとせざるを得ない。それが彼の作品のすごさなのだと感じます。

 

終盤、「わたしたち」と語り手は言います。その続きはここでは伏せますが、こんなふうに考えました。

もしかしたら、私たちもまた。

小さなころに失ったと思い込んでいる世界を、どこまでも追いかけて。小さなころにあったと信じる世界を、回想の中でどこまでも理想化して。そんなあるはずもない理想に向かって、終りの見えない人生を生きていやしないだろうか、と。

 

⑧『家族百景』筒井康隆 新潮文庫

 ☆☆☆☆

家族八景 (新潮文庫)

家族八景 (新潮文庫)

 

 七瀬シリーズ第一作。

 

人の心が読めてしまう家政婦の七瀬。彼女の勤務先である一つ一つの家族が抱える嫉妬、欲望、すれ違い、憎悪などなど、様々な闇の部分に、彼女が出会い、驚き、あきれ、憐み、感嘆し、時に介入していく短編集です。

 

七瀬が読み取る他者の心理は、(かっこ書き)で描かれるだけです。しかしその描かれ方が読者の想像する心理世界とぴたりと一致している。心理学的にどうこう、というのではなく、こんなふうに人は思考しているのだろう、と納得してしまう描かれ方

 

こう書けばテレパス小説は面白いのだ、とうなずかせてくれます。

 

 

⑨『校閲ガール』宮木あや子 角川文庫

  ☆☆☆☆

校閲ガール (角川文庫)

校閲ガール (角川文庫)

 

 ドラマ化で話題になりました。

 

憎めない魅力的なキャラクターたち、ハチャメチャな人間と出来事にあふれた出版の世界。きっとほんとうに、こんな世界が、普段手に取る本の向こう側には広がっているのでしょう。

 

小説内小説の巧みさも、校閲という仕事に対する意味付けも、気に入りました。

 

 

新年早々、真打登場~1月の読書記録

 

 3月に始めたブログですが、月ごとに読んだ本の紹介(というより感想の垂れ流し)をしていきたいと思います。

 まずは1月の読書から(2か月遅れですね)。

 

 

①『また、同じ夢を見ていた』住野よる 双葉文庫

☆☆☆ 

また、同じ夢を見ていた (双葉文庫)

また、同じ夢を見ていた (双葉文庫)

 

 住野よるさんは書き出しが印象的な作家だと認識しています。

 

 映画化もされたデビュー作『君の膵臓をたべたい』(双葉社)では、主人公の「僕」を他者と自分との関係にどんな名前を付けるか、ということをかなり意識している人物として描いています(既読の方はお分かりかと思います)。この書き出しが、 

クラスメイトであった山内桜良の葬儀は、生前の彼女にはまるで似つかわしくない曇天の日にとり行われた。(p. 3) 

 とある。いきなり「クラスメイト」と明示してあるところに、後から読み返すと意図を感じますが、考えすぎでしょうか。

 

 今回の『また、同じ夢を見ていた』の書き出しも、いきなり読者の興味をぐっと引いてくるものになっています。 

 先生、頭がおかしくなっちゃったので、今日の体育を休ませてください。

 小学生なりの小さな手をきちんとあげ、立ち上がってそう言ったら、放課後職員室に来なさいと言われた上に、校庭もちゃんと走らされてしまったことについて、私、小柳奈ノ花は納得がいっていません。(p. 2) 

 ませたかわいらしい新キャラが来た! と思わせるような強烈な登場ですね。

 

 小学生の主人公が幸せの意味を探して歩くロードムービーのような作品で、名作映画の有名な台詞が変化してあらわれたり、特殊な表現がそのまま伏線になったり。作者の遊び心のようなものが感じられました。

 

 

②『木漏れ日に泳ぐ魚』恩田陸 文春文庫

☆☆☆☆

木洩れ日に泳ぐ魚 (文春文庫)

木洩れ日に泳ぐ魚 (文春文庫)

 

 記憶の探り合い、感情の探り合い。

 

 舞台は始めから終わりまで、引っ越しの片付けが済んだアパートの一室。登場人物は二人。こんな推理ドラマがかつてあったでしょうか。

 

 各章の終りに、あっと言わせるような事実が明らかになる。一つの謎が落ち着いたかと思えば、また次の謎。ネタ切れになることはない。ある男の死を巡る謎、二人の過去を巡る謎、それぞれの本心を巡る謎。惹きつけて離さない巧みさ。

 

 ぜひ「一晩で」読んでほしい本ですね。

 

 

③『大家さんと僕』矢部太郎 新潮社

☆☆☆☆☆

大家さんと僕

大家さんと僕

 

 ブックカフェで読んで、あまりにいいので結局買いました。

 

 大ヒットした、素敵な笑いのあるマンガですね。それも口をあけて笑うんじゃなくって、とじたまま口角を上げて、目を少し細くして笑いたくなるような、じんわりと温かな笑い

 

 このセリフが好きでした。 

年だからもう転べないのです

矢部さんはいいわね まだまだ何度でも転べて (p. 46)

 控えめで素直な矢部さんと、世話好きでおちゃめな大家さんの関係の、かけがえのなさに心が温かくなる、そんな不思議な漫画です。

 

 

④『サラバ!西加奈子 小学館文庫

☆☆☆☆☆

サラバ! (上) (小学館文庫)

サラバ! (上) (小学館文庫)

 

  一人の人間の人生を徹底して描くことこそ、物語の王道であり真髄なのだと、自信を持っていわせてくれる作品です。

 僕も皆と一緒になってふざけたが、やはりどうしても「受け」だった。自ら率先して面白いことが出来なかったし、やったところで溝口のような破壊力がないことはわかっていた。溝口の笑われる笑いは、溝口だから成立するのであって、僕のような人間がやると、同情されるか、白けてしまうのだ。(中p. 77)

 読んでいるうちに、気づきました。これは僕の、あるいは僕だったかもしれない人間の物語だ、と。 

時々考えるねん。

なんで俺やなかったんやろうって。

死んだ人は、なんで死んだんだろう。(中p. 164)

あらゆる人の、たくさんの苦しみ。決して解決出来ないものもあったし、どうしても納得出来ない残酷な出来事もあった。きっとそういう人たちのために、信仰はあるのだろう。自分たち人間では、手に負えないこと。自分たちのせいにしては、生きてゆけないこと。(中p. 298)

 この物語で現れる、自分の存在の偶然性に対する疑問、祈る・願うことの意味についての疑問、虚数に対する疑問、あるいはジェンダーの問題は、『i(アイ)』(西加奈子 ポプラ社)で再び追求されることになります。

 

 自分の生きてきた時間を肯定することの尊さ。信じるということの力強さ。読み終えたとき、心の芯にずしりと大切なものが残ります。

 

 

⑤『赤頭巾ちゃん気をつけて』庄司薫 新潮文庫

☆☆☆☆ 

赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

 

 日本のキャッチャー・イン・ザ・ライだ、と言われて読んだ本。

 

 東大入試が中止になった年、日比谷高校3年生である主人公・庄司薫に起きた様々な困った出来事を、薫が饒舌に語る物語で、その語り口の勢いと若者らしさ、世の中に対する不満のぶちまけ方がホールデンをどこか感じさせますが、まったく似て非なるお話です。

 

 50年も前の芥川賞受賞作ですが、今読んでもひやっとさせられるような、世の中に対する洞察がところどころ。 

芸術にしても民主政治にしても、それからごく日常的な挨拶とかエチケットといったものも、およそこういったすべての知的フィクションは、考えてみればみんななんとなくいやったらしい芝居じみたところがあって、実はごくごく危なっかしい手品みたいなものの連続で辛うじて支えられているのかもしれない。(p. 93) 

 今のあらゆるコンテンツに通じるこんな言葉も。 

つまりなんらかの大いなる弱味とか欠点とか劣等感を持っていてだな、それを頑張って克服するんじゃなくて逆に虫めがねでオーバーに拡大してみせればいい。(p. 133)


とにかく売りこむためには、そして時代のお気に入りになるためには、ドギツく汚くてもなんでもいいから、つまり刺激の絶対値さえ大きければなんでもいいんだ。(同)

 

 

⑥『フーガはユーガ』伊坂幸太郎 実業之日本社

☆☆☆☆☆ 

フーガはユーガ

フーガはユーガ

 

 瞬間移動する双子、というアイデアがあって、その瞬間移動の意味について、何らかの含みを持たせようとしたのではないかな、と思います。

 

僕たちどちらかが経験すれば、それは二人で体験したのも一緒だった。(p. 184)

  読みながらこう考えました。痛みやさみしさ、みじめさや情けなさという強い感情を共有する二人だからこそ起こりえた、奇蹟を伊坂さんは描いているのだ、と。

 

 ユーモアが冴えわたり、懐かしいキャラクターの存在も垣間見えて、いつものことながらファンサービス精神旺盛な伊坂ワールドでしたが、本作における語りの工夫と、終わり方の何とも形容しがたい切なさは、今までにないものだったと、小学生時代からの一伊坂ファンとして思います。

 話はそれますが、装幀が本当に素晴らしかったし、これは伊坂幸太郎という作家をもし知らない人がいたとしても、手に取りたくなるよう逸品だと思います。閑話休題

 

 

⑦『宝島』真藤順丈 講談社

☆☆☆☆☆(MAXで星5つですが6つつけたいレベル) 

第160回直木賞受賞 宝島

第160回直木賞受賞 宝島

 

  新年早々、真打登場です。(昨年の作品ですが)今年はこれを超える作品を探す読書の旅になりそうな予感。

 

親友(イィドゥシ)の、実弟(ウットゥ)の、恋人(ウムヤー)のまなざしをその身に浴びながら。

雄々しく呼吸を深めて、オンちゃんはこう言ったのさ。

 

「さあ、起(う)きらんね。そろそろほんとうに生きるときがきた──」 (p. 10)

 プロローグを読むだけで、胸の奥がかあっと温まって半ばくすぐったいような気持になってくる。ぞくぞくっと、久しぶりの読者震いがしてくるような。方言や異国の言葉を交えた、語りかけてくる物語は大好きです。『壬生義士伝』(浅田次郎 文春文庫)のような。ずっと誰かの声に耳を傾ける心地よさ。

この世界には、いったん転がりはじめたら止められないものがあるさ。貧乏とか病気とか、暴動とか戦争とかさ。そういうだれにも止められないものに、待ったをかけられるのが英雄よ。この世の法則にあらがえるのが英雄よ。(p. 121)

 最高に気に入った台詞です。

勘弁してくれ、もう勘弁してくれ。この島の人たちはみんな、理不尽な運命にあらがう処世術を、身のよじれるような悲嘆や憎悪からの自衛手段を教えられて、いまもそれを次の世代へと引き継いでいる。(p. 422)

 沖縄人の魂の叫びが胸を熱くさせるだけでなく、物語を語るということの意味まで考えさせるような、読み終えるまでに何度も手が震えてしまうほどの熱量と完成度を持った作品でした。一年の初めの月にこんな本に出会えてよかった。