物語ることの意味 - 6月の読書記録
【どんな本を、読んできましたか。】今月は少し趣向を変えて。
- ①【あなたは誰と、戦っていますか。】『サブマリン』伊坂幸太郎 講談社文庫
- ②【生きてきた道を、信じられますか。】『てんのじ村』難波利三 文春文庫
- ③【忍者の強さを、知っていますか。】『甲賀忍法帖』山田風太郎 角川文庫
- ④【死にたい理由は、ありますか。】『十二人の死にたい子どもたち』冲方丁 文春文庫
- ⑤【あなたの町に、不思議な物語はありますか。】『草祭』恒川光太郎 新潮文庫
- ⑥【学生生活を、後悔していませんか。】『四畳半神話大系』森見登美彦 角川文庫
- ⑦【あなたは物語を、だれに語っていますか。】『地図男』真藤順丈 MF文庫ダ・ヴィンチ
①【あなたは誰と、戦っていますか。】『サブマリン』伊坂幸太郎 講談社文庫
☆☆☆☆☆
『チルドレン』(講談社文庫)の続編。
家裁調査官の「僕」こと武藤は、破天荒な先輩・陣内とまたもや仕事を共にする。
味方や仲間はもちろん、どんな敵に対しても、そいつの大事にしているものを踏みつけるような真似はするな。 (p. 126)
『チルドレン』では若々しかった陣内さんも、40代になって彼なりに老成したようで、だけどやっぱりその魅力は失われていません。前作以上に、ずっしり響く言葉を口にするようになった印象。
今作には、自動車による事故や自暴自棄になった人間による無差別な殺傷事件など、最近世間を騒がせたいくつかの事件にも通じる出来事が登場します。それがあまりにもタイムリーで。ここ最近、日本には悲しいニュースが流れすぎたことを、読みながら思い起こしました。暴走する車。暴走する人間。傷つけられる弱い人びと。
あ、ただな、前から気になっていたんだ。自暴自棄になって、こういう事件を起こす奴はどうして、子供だとか弱い奴らを狙うんだ? (p. 151)
陣内さんの言葉は、僕らみんなの発したい言葉でもあり、僕らみんなが聞きたい言葉でもありました。
全力で何かやれよ。全力投球してきた球なら、バッターは全力で振ってくる。全力投球を馬鹿にしてくるやつがいたら、そいつが逃げてるだけだ。(p. 152)
読み終えて、誰もが陣内さんの言葉を聞いてほしいと思います。人生にうんざりして、世界に対する鬱憤をため込んでいる誰かには、容易に届けられるものではないのかもしれないけれど、それでも。陣内さんは「そんなことを言った覚えはない」ととぼけるかもしれないし、胸を張って偉そうにするかもしれないけれど、それでも。
敵は相当、強えからな。一人で戦うのは厳しいんだよ。俺たちの、お前の相手にする敵は容赦ねえぞ。 (p. 211)
物語の中盤、陣内さんが少年に言う台詞です。伊坂ワールドの人びとは、いつも何か大きなもの、得体のしれない、「理不尽」の権化みたいなものと戦っているように思います。愛する人は容赦なく奪われる、大切なものは失われる、欲しいものは手に入らない、人生はうまくいかない。物語の中で僕ら読み手が溜飲を下げる、いくつかの出来事は、そうした何ものかに対する、気休め程度に小さな勝利に過ぎないのかもしれません。それでも希望の光はさすと、信じさせるだけの優しさは、どの物語にもちゃんと残されている。だからやっぱり読みたくなるし、読んでしまうのです。
②【生きてきた道を、信じられますか。】『てんのじ村』難波利三 文春文庫
☆☆☆
中身の分からない古本を買う、という企画で買ってみました。1984年第91回直木賞受賞作。
昭和二十年、右も左もわからない終戦直後。大阪通天閣の下にある芸人長屋・てんのじ村で、芸人として名を立てようともがく、人情あふれる人々の物語。
読んでいてじんわり心地よい気持ちになるのは、物語にある明るさと温かさのせいでしょう。芸人たちの演じる舞台の、客席の、長屋の、銭湯の。芸人たちの暮らすその空間の明るさと温かさ。
助け合いながら戦後の荒波を乗り越えてきた芸人たちの輪を乱す一つのきっかけになるのは、今では当たり前になった「テレビ」の登場。テレビという新しいメディアの潮流に乗って有名になる者と、乗り遅れてひがむ者。
一つ上の世界へ飛び上がって、自分がそれまで立っていた場所を見下ろすと、ずいぶん汚ならしく映って仕方がない。顔でもそむけたくなってくる。そういうことかもしれなかった。 (p. 134)
乗り遅れた側にいた主人公シゲルも、すこしずつ自分の生きてきた人生を肯定するようになっていきますが、この主人公、正直、読者が何もかも好きになれるような主人公ではない。潔いところもあり、辛抱強いところもあれば、嫉妬屋で、自己中心的に思われるところもあるのです。しかし、そんな人間臭い主人公だからこそ、齢84になった彼の感慨がより深く読者の心には響くのかも、と。
③【忍者の強さを、知っていますか。】『甲賀忍法帖』山田風太郎 角川文庫
☆☆☆☆
山田風太郎の代表作。友人の勧めで。
家康の命で甲賀と伊賀の忍者たちが相争う。選ばれたのは双方10人ずつの精鋭たち。芋虫男に蜘蛛男、鞠のお化けにカメレオン、百面相に吸血鬼、瞳の術に死の息吹。次から次へと繰り出される忍術、騙し合いに次ぐ騙し合い。
どれだけアイデアがあるんだと驚愕させられるのは、物語のメインともいえる忍術の多彩さ。なかでも最も切ない忍術、秘技の持ち主は「陽炎」ではないかと。
それなのに、じぶんが、恋するものを、恋する最高潮に殺すべき宿命を負った女であることを知ったときのおどろき! (p. 181)
純真な恋もむき出しの肉欲も巻き込んで、物語は静かなラストシーンに向かって疾走していきます。
次に何が起こるのだろう、と予想して期待して裏切られながら読み進める楽しみがここまで詰め込まれた小説があるなんて。今更ながら、60年以上前に書かれた小説の、そして20年以上前に亡くなられた、多作にした傑作ぞろいの大作家の、ファンになりました。
④【死にたい理由は、ありますか。】『十二人の死にたい子どもたち』冲方丁 文春文庫
☆☆☆☆☆
映画化で話題になった、冲方さんの現代ミステリー。
集団安楽死を求め、廃病院に集まった12人の少年少女が見つけたのは、ベッドに横たわる一人の少年だった。
いろんな表情を持った作品でした。子どもたちが部屋に集まるまでの、何が起きているのかつかめない不穏さ。かと思えば、流行りのリアル謎解きゲームにでも参加しているかのような知的好奇心をくすぐるやり取りが展開され、読者に状況の重々しさを忘れさせる。かと思えば、鮮やかに描き分けられる子供たちの内面に、見過ごせないゆがみやねじれが見出されたりする。
いい? 世の中には、そもそも生まれさせられたこと自体に、苦しんでいる人が大勢いるの。子どもは、生まれてくるかどうか自分では選べない。親を選ぶことなどできない。生まれて来ることさえなければ、苦しみを背負わずに済んだのに。 (p. 464)
子どもたちの「生きづらさ」をめぐる議論に、終盤、読み手は翻弄されます。誰もがそれぞれの立場でそれぞれに違った「生きづらさ」を持って生きていることを思い出して、それでもやはり、ここに集まる子供たちの抱える「生きづらさ」は深刻で。
いじめなんて、その歪みの最もたるものだわ。大人たちが本気で解決しようと思えば、幾らでも手段があるのに、そうしようとはしない。いつだって彼らは、生まれてしまった者たちを持て余しているのよ。生まれた者同士を争わせ、傷つけ合わせて、自分たちはただ傍観している。 (p. 467)
一人の少女の憤りは、いささか一方的にも聞こえますが、目を背けてはいけない大切なことを僕らに突きつけている気がします。いじめられる側だけでなく、いじめる側もまた、否応なく社会という大きなものの被害者であるという残酷さ。生まれたときから、周囲が自分の人生を規定してしまう理不尽さ。
ラストシーンまで目が離せない社会派ミステリーでした。
⑤【あなたの町に、不思議な物語はありますか。】『草祭』恒川光太郎 新潮文庫
☆☆☆☆☆
はじめての恒川光太郎作品。友人の勧めで。
向こうに見えるのは、この世界の一つ奥にある美しい町。 (p. 325)
「この世界の一つ奥にある美しい町」をめぐる短編集。
静かで幻想的で、こんな世界が現実の隣にあってほしいなと思わせるような不思議な話が織り込まれています。背筋にすっと水を垂らすような不気味さの向こうに切なさを孕んだ「けものはら」、こんなふうに地域が護られていたら素敵だと頷かせる「屋根猩猩」、人間世界の残酷さと生きとし生けるものの深遠さを描く「くさのゆめがたり」、捨てられず忘れられず切り離せない過去から解き放たれようともがく「天化の宿」、人々の思いが生み出す影の町に迷い込む「朝の朧町」。
誰かに読んでほしい話、というのはこういう話かもしれません。
⑥【学生生活を、後悔していませんか。】『四畳半神話大系』森見登美彦 角川文庫
☆☆☆☆
森見登美彦さんの長編第二作。
大学3回生の私は、不毛なことに時間と体力を費やしてきたこの二年間を振り返るに、不満足な現状の元凶が悪友・小津にあるように思われてならない。そもそも1回生の春、興味をひかれた4つのサークルビラから、あの1枚を選んだのが間違いだった。
それを思うにつけ、一回生の春、映画サークル「みそぎ」へ足を踏み入れたことがそもそも間違いであったと言わざるを得ない。 (p. 8)
連作となっている4話すべてが、主人公の後悔にはじまるこの作品。第一話を読み終えて第二話の冒頭に来たところで、はてさて、これはどうしたことかと首をかしげます。物語のからくりが見えてきてからは、つい考えてしまうのがやはり主人公と同じ後悔のこと。人生に後悔していることがあるとして、その結果を帳消しにするためにはどこまで時計の針を巻き戻せばいいのか。どの瞬間のどんな選択を取り戻せばいいのか。
もうちょっとましな大学生活を送るべきだったとか思ってるんでしょ。 (p. 52)
慰めるわけじゃないけど、あなたはどんな道を選んでも僕にあっていたと思う。 (p. 53)
キャラクターで気になったのは、様々なたくらみに主人公を巻き込み、彼の周りを縦横無尽に動き回って暗躍する悪友・小津。度を過ぎたいたずらで人を失意のどん底に突き落とすような男である彼にも、憎めないところがあり、嫌いになるどころか、少し好きになってしまうのが不思議です。なんだかんだいって主人公と小津の関係もなかなか捨てたものではない。
よほど気に入った本でなければ、同じ文章を3度4度と繰り返し読むことはありません。けれどこの本ではそれを半ば強いられたおかげで、開いたページのところどころに長く親しんだ気のする文章が散らばっていて、なんだかしてやられた気分でした。
⑦【あなたは物語を、だれに語っていますか。】『地図男』真藤順丈 MF文庫ダ・ヴィンチ
☆☆☆☆☆
『宝島』で第160回直木賞(2018)を受賞した真藤順丈さんのデビュー作。
フリーの助監督としてロケハンを繰り返す「俺」は、手に持った地図帖に物語を書きつづる「地図男」に出会う。関東の土地土地で鮮やかに繰り広げられる多種多様なストーリー。なぜ彼は物語を語り下ろすのか。彼はいったい誰に、その物語を語るのか。
地図男が地図帖を開くとき。
物語を、地図男はだれに語っている? (p. 64)
助監督として、自分もまた物語の届け手である主人公の抱くこの問いはとても大きな問いです。物語の語り手は、あるいは作家は、物語を語るとき、だれに語っているのか。自分たちの人生が物語のように紡がれるとき、それはだれが読むのだろうか。そもそもここにある文章はだれに向けて語られた文章なのだろうか。様々な問いへと派生していく。
大好きな映画の、大好きな台詞に、「なにかいい物語があってそれを語る相手がいる、それだけで人生は捨てたもんじゃない」というものがありますが、物語をだれかが語ればそこには必ず聞き手・読み手が存在します。そのことをちらとでも意識すると、語りの聞こえ方が一段深くなるような気がします。
あのね。
どうしたらいま、向こうッ岸まで気持ちが届くのか、ぜんぜんわからなくって。
だからね。あたしはね。とにかく語りかけてみることにしたの、こうやって。 (p. 78)
中盤から地図男が語りだす、ムサシとアキルの恋物語、この語りが断トツで心に訴えかけるものがありました。ストーリーやキャラクター、映像美や比喩の見事さなど、小説の楽しみはたくさんありますが、ほかの何よりも語りそのものに引き込まれ、心動かされるというのはあの直木賞受賞作『宝島』にも共通するところです。物語ることの意味まで考えさせるのも、また。
ムサシとアキルの悲恋に涙して、主人公が地図男の本質と対峙するラストシーンに目の前がすっと開けたような気持になって。心地よい読書体験でした。